デザインのツボ

いろんなデザインを観察するブログです。主に技術的な観点から、デザインの優れたポイントを紹介します。

鍋敷・新三波:鋳心ノ工房

三又に分かれた鍋敷き。鋳物の表面に漆を焼き付けて仕上げられている。古い技術でつくられたものでありながら簡素な幾何学形状をしているため、現代の生活シーンに置かれても違和感を感じない。また、漆のしっとりとした質感が鉄のゴツゴツしたテクスチャにミックスされて、手に取ったときの感触も見た目も柔らかい。

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(出展:http://www.chushin-kobo.jp/

この鍋敷きには、土鍋やダッチオーブン等の大きな鍋はもちろん、ドリップポットのような小さな鍋も置くことができる。大きな鍋は鍋敷きの全体で、小さな鍋は中心部分で支えられる。このため、家族で鍋を囲む場面や一人でコーヒーを淹れる場面など、さまざまな場面で用いることができる。

 

三又に分かれた本体の先端部分にはテーパー形状の脚が一体成型されており、それぞれの脚には取り外し可能なゴムキャップが嵌められている。これにより、鍋からテーブルへの熱伝導が抑えられる。木のテーブルでも焦げ付くことがなく、熱に弱い塗装を剥がすこともない。また、ゴムキャップを外せば、ストーブの上に置けるので、やかんに当たる熱を和らげることができる。

(下の写真は筆者が自宅で使用しているものなので、図らずも汚れてしまっている)

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ところで、4本脚の家具は、脚の長さにばらつきがあったり床の面精度がよくなかったりすると、ガタついてしまう。レストランのテーブルや椅子がぐらぐらしすると気になるし、落ち着かない。一方で、3本脚の三脚は、脚の長さや床面の面精度に関わらず、安定して据え付けることができる。ブレない写真を撮るカメラマンは、必ず三脚を使う。

 

つまり、3本脚の鍋敷きは、仮に寸法精度に多少のばらつきが生じたとしても、鍋を安定して支えることができる。「仮に」といったのは仮定だからあって、この鍋敷きの精度に難癖をつけているわけではない。「鋳心ノ工房」の鍋敷きには4本脚のものもあるが、使用上、全く問題がない。

 

しかしながら、鋳造は一般的に寸法精度が確保し難い製造技術である。3本脚とすることにより、仮に寸法精度に多少のばらつきが生じても製品として問題が生じないことは、一般的な生産者にとってメリットが大きい。

 

一方で、仮に4本脚の鍋敷きを完璧な寸法精度で作ったとしても、テーブルの面精度が悪いと、鍋敷きはガタついてしまう。テーブルの面精度が悪くても、3本脚の鍋敷きならば、鍋敷き自体の寸法精度に関わらず、鍋は安定する。面精度が悪いテーブルなんてあまり見かけるものではないが、例えばキャンプで河原に鍋を置いておきたい時には、この鍋敷きを持っていくと重宝する。

 

つまりこの鍋敷きでは、作り手のメリットと使い手のメリットが、完全にシンクロしている。デザインの役割とは何かを示す好例といえるだろう。